雄大な立山連峰を望む立山町に2020年にオープンした「Healthian-wood(ヘルジアンウッド)」は、美と健康をテーマとした複合施設。広大な敷地にハーブ園、蒸留機が設置され、ワークショップなども開かれるアロマ工房、ハーブや地元の食材を使った料理がそろうレストラン、マルシェが開かれるイベントスペース、自社のアロマブランド「Taroma」直営のスパが点在しています。

このヘルジアンウッドを運営するのは、外用剤を中心に研究開発や製造を行う前田薬品工業の前田大介社長。ハーブの栽培やハーブを体験できる滞在型施設を始めた狙い、今後展開するという宿泊施設や、ヘルジアンウッドの構想についてお話を伺いました。

アロマオイルやハーブの価値を地元に根付かせる

――ヘルジアンウッドを作ろうと思い立ったきっかけを教えてください。

8年前に体を壊しまして、そのときに助けてくれたのがアロマでした。ヨーロッパでは、アロマは、かなりメディカルなものとして、薬局や病院でも使われていますが、日本では雑貨の扱いなのです。この先も日本でアロマオイルが医薬品の認証をもらうことはないだろうけれども、もっとその価値を広めたいと思い、富山で無農薬のハーブを育てて、富山の素材でアロマオイルを抽出する工房を作りたいということから始まりました。

もともとヘルジアンウッドにはレストランやヴィラを作るつもりはありませんでしたが、ハーブを育ててアロマオイルを抽出するだけでなく、ハーブティーができたり、ハーブを料理に使えたり、まだまだ発展性がある。患者さんや体を壊した人にも医療の前にできることがいろいろあり、その選択肢の一つとしてハーブやアロマをもっと身近なものにしたいと考えています。ラベンダーは昔、ナポレオンが自分の兵士たちに「怪我したり火傷をしたりしたら、傷に塗れ」と言っていたほど、フランスでは一般的にどこの家庭でも置いていて生活に溶け込んでいるものですから。

――ハーブを使って実際にどんなことを行っているのでしょうか

富山で250種類ものハーブを育てている75歳の男性が僕の憧れで、彼に教わりながら、現在我々は、ラベンダー、ローズマリー、その他20種類くらいのハーブを育てていますが、もっともっと増やして200種ぐらいにしたいと思っています。主要なラベンダーは、6月から7月上旬に満開になります。満開になったところで刈っていき、風通しの良い日陰で2カ月くらい干すと、カラカラになります。そして茎から花穂を取り、花穂だけでオイルを抽出します。

ここから車で10分くらいのところにある立山の湧水「福若の水」という硬度13の超軟水を40〜50リットル汲んできて、グツグツ沸かすと水蒸気が出て、花穂の中に含まれる香気成分を吸い上げます。それが冷やされて、いったん気化した成分がゲル化して、アロマオイルと副産物として芳香蒸留水が分離して出てきます。そして、できたアロマオイルを、エステのボディマッサージオイルにしたり、前田薬品のさまざまな化粧品に使ったりしています。

前田薬品の工場では、肌に直接塗るものは、安心して使っていただきたいということで、薬と同じレギュレーションで作っていて、土から最終製品まですべて見せています。花穂を4〜5kgから、100mlボトル3分の2程度しか抽出できません。割合にして1〜3%ほど、それくらい貴重なものなので、精油が高いのには理由があるのです。

アロマオイルというのは非常に細かい分子で、毛細血管から入っていくので、ヨーロッパでは厳しい基準を作って適正なものを使うようにしています。用法や容量を守って、自分の体質に合わないものは使わないということが前提です。ですから、ヘルジアンウッドでは、アロマオイルやハーブ、香りの適切な使い方をご提案していきたいと思っています。そして、お客様にもハーブの香りに触れてもらえるように、セミナーやワークショップを開催しています。

村全体を遊ぶ、学ぶ、働くが集約された学校に

――アロマオイルの抽出工房から始まり、レストランやスパも併設し、ワークショップを実施するなど発展しています。今後はどのような展開を考えているのでしょうか?

実は20年構想で「ヘルジアンウッド」という村を作ろうとしていて、最終的には村を再生することが目的です。まだ創業1年を迎えたばかりで計画のたった5%しか終わっていません。ここに子どもや若い世代が魅力を感じて集まるかどうかは、豊かな教育があるかどうかが重要だと考えています。「学校」というと硬いですが、「遊ぶ、学ぶ、働く」が集約された複合施設です。最終的に何年後かにインタナショナルスクールという要素は入れていきますが、このフィールド全体を生かした遊び場であり、学び場、働き場でもあります。だから、いま世界の教育事情を学んでいるところです。

――学校では具体的にどのようなことを教えていくのですか?

まずはホスピタリティ、そして郷土の産業です。ITやロボティクス、さらに哲学やアートも重要です。日本のITには足りないのですが、なぜロボティクスが必要か、なぜIoT(アイオーティー/Internet of Things)をやるのか、グローバルで戦う時は核なるものの深堀りが大切です。そして日本はディベートが弱いので、いい意味で主張と共にファシリテートする力がないと世界と対等に向き合えないと思います。

日本の義務教育、昭和の経済成長の中で画一的な人間を量産することを美徳とした教育モデルがまだ残っています。捉えるものがないから「落ちこぼれ」と言われてしまう人が生まれてしまいましたが、そういう人を作りたくないし、そういう人にも何かに絶対ポテンシャルがあるので、才能が埋もれないようにしたいのです。ただ、これは僕の思いだけではなく、20人くらいのメンバーでプロジェクトを進めていて、なかにはスポーツ選手もいれば投資家もいます。お金について学ぶことも大事だと考えています。

四季折々の雄大な立山連峰を臨むロケーション。

立山はプレゼンテーションをするのに最高の場所

――教育環境として、立山の地は必然だったのでしょうか?

教育という観点では、ヘルジアンウッドの拠点は、富山県内であればどこでもよかったんです。ただ、レストランのシェフやスタッフが、富山の食や自然の成り立ちについて説明しながら、プレゼンテーションするのに最高の場所は、立山連峰が見えて、富山湾の海が見えて、周りが水田という、この地でした。あの海で獲れた魚、あの山で今日狩ってきたきのこ……と指差しながら説明するという行為は、ここでしかできないことでした。

また、もともとこの土地は、十数年前に立山町長が移住推進地域にしようとご尽力されていた場所。10年間、政策を進めたものの、土地は売れず、移住者は結局ゼロでした。町長としては、住まうエリアにしたかったのだと聞き、それなら対抗するのではなくて、行政できなかった「村を作る」ということを僕たちならできるのではないかと、ここでチャレンジすることに決めたのです。

実際に2022年には多拠点居住者が2人、別荘を建てる予定ですが、完全移住という人もひとりいます。1年間、ヘルジアンウッドを僕のミッションとしてやってきたことで、3名はしっかりコミットすることができたのは嬉しいことです。

――宿泊施設は作るけれど、最終的には住む場所になることを目指しているのですね。

宿泊棟も泊まってみて気に入ってもらえたら、ご希望があれば住むことも可能という形にしようと考えています。「買えますよ」と玄関のところに値札を貼っておこうかと思っています(笑)。新潟にある「里山十帖」もいいなと思ったら、そこで使用している家具や食器などいろいろ買えるじゃないですか。それよりスケールの大きいものにしたいと考えています。また、サマースクールのような短期的な講座も開催する予定です。旅行で訪れた人がこの学校をいいなと思ってくれれば、移住者になる可能性もあるし、人と自然と教育の循環の中で、ここを「村」にしていきたいですね。

――地元の方々との関わり方も重要な要素だと思いますが、どのように連携しているのですか?

施設内の雇用に関しては、移住者とローカルの方、半々です。地域の人との取り組みは、ようやく始まったばかりですが、近くにある1,000坪の空き家となっている屋敷の再生を意見出し合って共に進めています。

――学校を作り、村が築き上げられた、その先は?

そこまでやった後の将来の夢は、カウンター6席でガラガラとリヤカーを引く移動式のおでん屋さんをやりたいんです。カウンターのおでん屋さんは、人間のすべてが出ている場所だなと思うのです。自分がずっと愚痴をこぼしてきた人間なので、誰かの愚痴を聞いたり、人間模様が見られるのが面白いなと。日本の平均寿命からすると、もう人生も後半戦に入りましたし、前田薬品の社長に就任して8年目で、もうすぐ45歳ですが、近いうちに次にバトン渡す予定です。当時から宣言していることですが、自分が最高速で走れる間にバトンを渡したいと考えています。社長でなくてもできることがあるし、元気なうちに後方支援をやりたいです。ヘルジアンウッドも今はまだ赤字ですが、これをいい形にしてから引き継ぎたいと考えています。

前田大介(Maeda Daisuke)
前田薬品工業株式会社 代表取締役社長
1979年富山県上市町生まれ。同志社大学商学部卒業後、会計事務所を経て2008年に前田薬品工業に入社。2014年に三代目社長に就任。経営手腕を発揮し、瀕死の危機にあった同社を急成長させる。製薬会社の経営者として走り続けながら、ハーブを軸とした美と健康の体験型施設「Healthian-wood(ヘルジアンウッド)」を2020年にオープン。日本と富山の未来を描き、新たなプロジェクトに挑み続けている。
前田薬品工業 URL https://www.maeda-ph.co.jp/

Healthian-wood(ヘルジアンウッド)

住所:富山県中新川郡立山町日中上野57−1
電話:076-482-2536
URL:https://healthian-wood.jp/

Photos:Teruaki Kawakami
Text:Ayuko Iwaki
Edit:Masumi Sasaki

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